大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成12年(ワ)83号 判決

原告 石井津祢子

右訴訟代理人弁護士 田中裕之

被告 菅原孝之

右同所

被告 菅原孝博

右二名訴訟代理人弁護士 大場常夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

被告らは、それぞれ、原告に対し、金七五万円及び内金三〇万円に対する平成九年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、建物賃貸借契約が法定更新されたことに際して、賃貸人たる原告が、賃借人ないしその連帯保証人たる被告らに対し、約定の更新料及び追加敷金の支払を請求した事案である。

一  前提事実(特に証拠を摘示する部分以外は当事者間に争いがない。)

1(一)  平成七年一〇月三一日、原告は被告菅原孝之(以下「被告孝之」という。)に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、従前の賃貸借契約の更新として、以下の約定において賃貸した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

賃料 一か月一五万円

期間 平成七年一一月一日から同九年一〇月三一日まで

(二)  さらに、本件賃貸借契約においては、その契約書上、以下の文言による(特約が定められていた(文言中、「甲」とは原告を、「乙」とは被告孝之を指す。甲一、乙一)。

(1)  「本契約が更新される場合、乙は更新料として新賃料の二か月分相当額を甲に支払うものとする。」(以下「本件特約1」という。)

(2)  「次回、更新の際は、追加敷金として新賃料三か月分を支弁すること。」(以下「本件特約2」という。)

2  被告菅原孝博は、被告孝之の原告に対する本件賃貸借契約上の債務を連帯して保証した。

3  平成九年一〇月三一日の経過をもって、本件賃貸借契約は法定更新された(以下「本件法定更新」という。)。

二  原告の請求

本件特約1、2に基づき、更新料及びその遅延損害金並びに追加敷金の支払を請求する。

三  争点

本件特約1、2は有効か否か、有効であるとして、本件のような法定更新の場合にもその適用があるか否か。

1  被告の主張

以下の理由から、本件特約1、2は、借地借家法により無効であるか、少なくとも法定更新の場合には適用はない。

(一) 借地借家法は、期間の経過と建物の使用継続という外形的事実のみをもって法定更新を認め、更新拒絶に対しては、正当事由の具備という重大な制約を加え、これに反する特約を無効としている。

本件特約1、2を法定更新の場合に適用することは、法定更新に、金銭の支払という賃借人に不利益な要件を付け加えることになるものであり、右借地借家法の規定の趣旨に反する。

(二) 更新料の法的性質としては、更新後の新賃料の補充であるとする見解、賃貸借契約の円満な更新の対価であるとする見解などがある。

しかるに、法定更新後の賃貸借関係は期限の定めのないものとなり、賃借人は、契約をいつ解約されるかわからない地位に立つ。にもかかわらず更新料を支払うことは、矛盾であり、不均衡である。

(三) 賃料が増額され、その結果、敷金によって担保されるべき金額が増加した等、敷金の増額、追加を正当化すべき事情のない限り、敷金の増加の合意も、賃借人に一方的に不利であって、無効である。

(四) 本件特約1、2においては、「新賃料」との文言が使われている。これによれば、合意により新賃料が定められることが前提とされている。

(五) 原告は、被告孝之に対し、本件賃貸借契約の期間満了前である平成九年三月七日、更新拒絶を理由として、本件建物の明渡しを求め、訴訟を提起した(以下「別件訴訟」という。)。

すなわち、原告は、一旦、自分自身で本件賃貸借契約の存続を拒否していたものである。にもかかわらず、更新料の支払を請求することは、矛盾した態度であって、禁反言の原則に反し、権利の濫用に当たる。

また、平穏に更新を受けるという利益も享受できなかったものであり、更新料は支払う理由はない。

2  原告の主張

以下の理由から、本件特約1、2は有効であり、法定更新の場合にも適用される。

(一) 本件特約1の更新料は、更新後の賃料の前払いとしての性格を有するものである。したがって、同特約は、借地借家法の趣旨に反せず、合意更新の場合のみならず、法定更新の場合にも適用がある。

(二) 法定更新された場合にも、解約申入れには正当事由が要求されており、合意更新がなされた場合と比較して、賃借人の地位には大きな変化はない。

(三) 敷金の額は、一般に、賃料額を基準として、その数か月分という形で決められる。したがって、契約更新に際して、新賃料の三か月分を請求するとした本件特約2は、合理的なものである。

(四) 本件特約1、2の文言上も、法定更新の場合を特に除外してはいない。

(五) 別件訴訟は、被告孝之の用法違反を問題としていたものであり、本件とは無関係である。

第三争点に対する判断

一  本件特約1、2が合意更新の場合に適用されるときには、賃借人は、自ら所定の更新料及び追加敷金を支払うことにより、賃貸人から更新拒絶を受けることを防いだ上、合意されたその後の賃貸借契約期間中は明渡しを受けないという地位を取得する。すなわち、賃借人は、自らの選択に従い、対価を支払って一定の有利な地位を取得するのであるから、その有効性が問題となるところはない。

したがって、本件特約1、2が全面的に無効であるとは解されない。

二  しかしながら、本件特約1、2が法定更新にも適用された場合、賃借人は、自ら望まないにもかかわらず、一定の金銭の支払を強いられることになる。これは、法定更新の成立自体に要件を付加するものではないが、賃借人が法定更新を受けることを実質的に抑制する効果をもたらすものであり、借地借家法二六条、二八条、三〇条の趣旨に反するものといわざるを得ない。

三1  これに対し、更新料は更新後の賃料の一部の前払いの趣旨を含むものであると解し、このことを理由として、本件特約1のような事前の更新料支払の合意の法定更新の場合への適用を肯定する見解がある。

2  しかしながら、賃料の一部の前払いと解する以上、その前払いをする期間が少なくともある程度は想定されてしかるべきところ、法定更新がされた場合には、以後の賃貸借は期間の定めがないものとなるので(借地借家法二六条一項)、かかる期間を観念することができない。賃借人の立場に立つならば、正当事由の具備によりいつ解約されるかわからないにもかかわらず賃料を前払いする理由はないのであって、この不合理は、法定更新がされた直後に解約申入れがなされた場合を想定すれば明らかである。

3  他方、賃貸人としては、賃料の額が低すぎるのであれば、その増額を請求することが可能であり(借地借家法三二条)、賃料を前払いさせることでその不足を補充する必要性はない。また、賃料の前払いが賃料不払に対する担保としての機能を有すると評価することはできるが、かかる目的は敷金の差入れ等により達成できるし、そうした要請が契約更新後に増加するとも直ちに考えられない。

借家における更新料の支払の慣行は相当広汎に認められるものとはいえるが、以上によれば、賃貸人において賃料の前払いとしての更新料の支払を要求しなければならない切実な理由は見出し難い。

4  そして、本件においては、更新料が支払われることを理由として賃料を少なめに設定したなど、更新料を賃料の前払いと意識して定めた事情はうかがわれない。かかる場合においても、更新料を賃料の前払いであると解することは可能とはいえるが、あえてそう解さなければならない理由もなく、むしろ、更新がなされることそのものに対する対価を定めたものと解しても何ら不都合はない(前記一の合意更新の際に支払われる更新料は、賃貸人の異議権の放棄の対価と説明されるが、これは即ち更新そのものに対する対価であるといえる。)。そうだとすれば、その支払を強いることは、賃借人の法律上の当然の権利として定められた法定更新の趣旨と相容れないものというほかはない。

5  なお、更新料の額が賃料額との比較等において少額な範囲にとどまっている限りにおいて、その約定の法定更新の場合への適用も許されるとする見解もある。しかし、二か月程度の賃料の支払ができないがために賃貸借契約を解除されることはしばしば見られることであるから、その程度の額であっても賃借人にとって少額とは直ちにいえないし、少額だからといって、借地借家法の趣旨に反する金銭の支払を強いることが許されるものでもない。

6  以上によれば、法定更新の場合の更新料の支払を賃料の前払いと説明すること自体に相当の問題があるし、そのように説明したとしても、これを借地借家法の趣旨に適合するものと認めることは困難といわざるを得ない。

四  さらに、本件特約2についても検討するに、敷金は、賃貸人が賃借人に対し取得することのあるべき債権を担保するために賃借人が差し入れる金銭であるから、そうした債権が発生すべき蓋然性が高まり、あるいは発生すべき債権の額が高まる等の事情があるならば、賃貸人において、賃借人に対し、追加の敷金の差入れの請求する権利が認められる場合もあるものとは解される。しかしながら、一般に更新の際に右のような事情の変化があるとはいえないし、本件法定更新において右の事情に変化があったこともうかがわれない。合意更新の際に賃借人がすすんで追加敷金を差し入れるのであればともかく、法定更新の際にその差入れを強いることが借地借家法の趣旨に反することは前記二のとおりであるところ、右によれば、これを正当化すべき理由は見出せない。

五  なお、本件特約1、2は「新賃料」との文言を用いており、これによれば、右各特約は、専ら合意更新の場合を念頭に置いた約定と解することができる(原告が保管する本件賃貸借契約の契約書(甲一)には、本件特約2の記載の下に、更に「(5)法定更新の場合に於ても含む」との手書きの記載があるが、被告が保管する契約書(乙九)及び弁論の全趣旨によれば、これは、契約書作成後に原告側が独自に書き込んだものと認められる。)。

六  以上によれば、本件特約1、2を法定更新の場合に適用することは、借地借家法の趣旨に反して許されず、これを法に適合的に解釈するならば、右各特約は法定更新の場合には適用されないものと解すべきである。

七  よって、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判官 内田博久)

(別紙)

物件目録

所在 東京都大田区西糀谷四丁目六参番地

家屋番号 六参番八の弐

種類 居宅

構造 木造瓦葺弐階建

床面積 壱階 参壱・四六平方メートル

弐階 弐九・八壱平方メートル

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!